版元さんリレーエッセイ

2024.12.5 第368号

ゆいぽおと  山本直子様

敗戦後80年に向けて


 2020年夏に刊行した切り絵絵本『よこいしょういちさん』の作者である亀山永子さんは、1973年生まれ。横井庄一さんが戦場だったグアム島から日本に帰ってきた1972年2月2日には、まだ生まれていなかった。あるとき、新聞報道で横井庄一さんのことを知って、小学校や児童館で読み聞かせをしている子どもたちにも、横井庄一さんのことを伝えたいと思った。ところが、読み聞かせに使えるような絵本は探しても見つからなかったという。ないのなら自分でつくろうと、関連する出版物を集め、妻の美保子さんが館長をしていた「横井庄一記念館」を訪ねて話を聴いた。とくに参考にしたのは、横井庄一さん自身の手記『明日への道 全報告グアム島孤独の28年』1974年 文藝春秋刊)だ。

 2019年5月、亀山さんが手作りの絵本を持って、どうしたら全国の図書館に入れられるかと相談に来た。横井庄一さんの生涯を過不足なくまとめた文章と精巧な切り絵に圧倒された。亀山さんは、すでにその絵本を800冊もコピーして小学校や図書館に寄贈していた。

 私は、その場で、敗戦後75年となる翌年の夏に出版することを決めた。亀山さんが図書館にこだわっていたのは、横井さんの妻、美保子さんとの間に、「切り絵絵本を全国の図書館に入れる」という固い約束があったからだ。残念ながら美保子さんは、横井庄一さんの帰国後50年を見届け、2022年5月27日に帰らぬ人となった。

 「切り絵絵本を全国の図書館に入れる」というミッションは残った。『よこいしょういちさん』は現在700館近い公共図書館の蔵書となっている。有志の寄贈というかたちで、小中学校の図書館にも広がりつつある。『よこいしょういちさん』で横井庄一さんの一生を知れば、戦争がいかにむごいことかがわかる。亀山さんが受け継いだ「2度と戦争をしてはいけない」という美保子さんの強い願いを、あらためて心に刻みたい。

【山本直子氏プロフィール】

2005年、名古屋で、ひとり出版社「ゆいぽおと」創業。その前23年間は中央出版株式会社でさまざまな業務に携わる。横井庄一さんがグアム島から帰国したときは中学3年。


*編集部より

山本様はじめまして、素敵なエッセイをありがとうございました。こうして大切な本を世に生み出していらっしゃる版元さんがいるのだなぁと胸が熱くなりました。

書籍名 よこいしょういちさん
著者 亀山永子
出版社 KTC中央出版
価格 1,650円
概要 日本の敗戦後28年間もグアム島で密かに暮らしていた横井庄一さんの生涯を切り絵で紹介。何もかも手づくりしたグアム島での生活、帰国後の騒ぎ、運命の人との出会い、陶芸に打ち込む姿、そして「いくさなき世へ」の思い……。
ISBN 9784877584870