版元さんリレーエッセイ

2024.10.5 第366号

樹林舎 山田恭幹様

「アンアン」


 忘れられない雑誌の表紙がある。中学生の頃、喫茶店で見た「アンアン」だ。同誌は当時、「ノンノ」と並び一世風靡の勢いで売れていたが、「流行に踊らされた軽薄な若者の読む本」だと冷評もされていた。

 鮮明に覚えているのは海辺の岩壁の写真の片隅にあった「見出し」のひとつ。「三泊四日五島六輔七転八倒」というもので、永六輔氏の記事だった。東シナ海に浮かぶ群島・五島に飛行機で行くお洒落な旅日記という体裁だが、「駆け足で島を巡り、人に会い、考える」というそこそこ真面目な内容だった。後年、永氏と会う機会があり、「アンアン」に載せた見出しの真意を聞いてみようと思ったが、聞きにくかった。新聞社では記者の書いた文章に整理デスクが、出版社ではライターの文章に編集者が見出しをつける。「編集者が勝手につけたので知らない」とは言いづらいだろう、と空気を読み「永さんの『遠くへ行きたい』(文春文庫)を読みました」と恐る恐る言うと「私に15分、時間をください」と喋り出した。永さんの声は快く脳を刺激し、翌日には綺麗に記憶から消える小沢昭一的話芸の骨頂を思わせた。「あなたの話を聞けなくて申し訳ないけど、きっと僕がしゃべった方が、あなたのためにもなると思うから」という善意が伝わってきた。ほぼ記憶から消えるが、小沢的と違い、面倒なしこりも2、3残るのが永さんらしかった。

 「五島六輔」の真意は杳としたまま。そこで今度は手紙を書いた。インタビューを申し込むと「旅暮らしで時間がなく、ごめんなさい」とていねいな断り状が来た。それ以上、貴重な時間は無駄にできない、と一旦は諦めたが、ずっと後年、自分で五島を三泊四日でまわってみて感じた見出しの「真意」は以下のとおり。


三泊四日 短い時間で

五島 不便な場所を

六輔 私は

七転 旅して忙しかった

八倒 が、知恵を使って遂行した


早朝の長崎港を出航しても、3つの島巡りが精一杯。私には遂行できなかった。


遠くへ行きたい

永六輔著・文春文庫・電子版440円(紙のものは絶版?)旅のエッセイの名著。


五島列島の昭和 

監修 五島文化協会

税込価格 10175 円

各島で歴史、文化、風俗を伝える昭和時代の写真を取材し、選び抜いた600枚余りを収録。郷土を深く知る高齢者や自治体の協力のもと、1枚1枚にわかりやすい解説を付けました。

【山田恭幹様プロフィール】

2004年、樹林舎入社。代表、編集、書店回り、雑用など小さな会社なのでなんでもしています。小社は名古屋の会社です。地元の古い写真を集めて「昭和」「今昔」「100年」など、懐かしい写真集を各地で出しています。

*編集長より:山田様、楽しい文章をありがとうございました。永六輔さんの声が聞こえてくるようでした。風媒社さん、樹林舎さんと名古屋の出版社さんが続きました。私たち九州の書店とはあまり縁のない地域ですがとても新鮮です。山田様もまた長崎にお越しの際はぜひ次はメトロ書店にもお立ちより下さい。


書籍名 五島列島の昭和 : 写真アルバム
著者 五島文化協会(監修)
出版社 樹林舎
価格 10,175円
概要 美しい風景や島独特の風俗が残る五島の写真集は、これまで何度か出版されてきました。今回の写真アルバムは、昭和という約60年の時期に撮影されたものに絞り、主に各家庭に眠っていた写真の提供を呼びかけました。応募されたものを中心に、行政、企業の協力も得て古い写真を1,000枚以上集めました。誰もが気軽にスマホで動画まで写せ、カメラを使う機会自体が少なくなった現在の私たちにとって、昭和という時代の風景は別世界とも言えます。中心的な市街地が昭和37年の大火で焼け野原となった福江では、古い写真も多くが消失しました。ほかの各島でも歴史、文化、風俗を伝える候補写真を取材し、600枚余りを1冊に収録しました。郷土を深く知る高齢者や自治体のご協力のもと、写真1枚1枚にわかりやすい解説を付け、家族そろって楽しめるよう工夫しました。
ISBN 9784908436390