ぶくぶくコラム

2023.8.5 第352号

熊本県 瀬戸石星人様

瀬戸石星人の百人一首一夜

目くるめく百人一首の世界へようこそ。ナビゲーターの瀬戸石星人です。七世紀から十三世紀に、この同じ日本に生きていた、先輩方の心に、そっと寄り添いながら、今回も楽しいひとときを過ごしてまいりましょう。

角川ソフィア文庫 百人一首(全) 谷知子編を参考にしています。


あなたとお別れして、私は因幡国に行きますが、因幡山の峰に生えている松のように、私を待っていてくれると聞いたならば、すぐにでも帰ってきましょう。

私の目の前には、たくさんの酒と料理が並んでいる。こちらにも、あちらにも懐かしい顔が見える。人々の笑い声を聞きながら、私も心のままに話をし、酒を酌み交わし楽しいひとときを過ごした。うまい酒だった・・。

昨夜の事を考えていたら、もうこんな時刻になってしまった。そろそろ出発の時間だ。にぎやかな都から、因幡国(いなばのくに 現在の鳥取県)に旅立つ私を見送りに来てくれた人々に混じって、遠くから見つめている姿が見える。目には涙を浮かべ、じっと立っている。

その姿を見つけたとたん、私の心の中はかき乱され、すぐにでもかけ寄って、抱きしめたい衝動にかられる。だが、それはできない。ただ、心の中で「必ず帰って来る、必ず」と繰り返し祈るように叫ぶことしか、できない。

あ々、遠い因幡国から、私が帰って来るまで待っていて欲しい。因幡山の峰に生えている松のように、あなたが変わらずに、ずっとずっと待っていてくれるなら、私はすぐにでも、この都に飛んで帰ってきましょう。私の心は、いつまでも、いつまでも、あなたと共にあるのだから・・・。


立別れ いなばの山の

峰に生ふる

まつとし聞かば 今帰り来む

中納言行平