版元さんリレーエッセイ

2024.3.5 第359号

紀伊國屋書店出版部 和泉仁士様

二十年近く前、祖母の認知機能が怪しくなってきたと母から聞き、ひとりで冬の佐渡島に行った。母曰く、テレビに映る芸能人にお茶や菓子をすすめるようになったらしい。

 会うと肩透かしで、ひとり暮らしの祖母は矍鑠としていた。認知機能の衰えは自覚していたが会話は理路整然で、危うさは感じられなかった。ただ滞在中に一度だけ、「むむむ」と感じさせる場面があった。

 三十を超えて独身だったわたしに祖母が、「なぜ結婚しないのか」と問うてきた。「そればっかりは相手があってのことだし」と返答すると、「選り好みせず誰でもいいから結婚せい!」と厳しめに言い放ったのだ。


「(認知機能、キタ……?!)」と身構えたが、そんな雑なアドバイスも困る。「えっ、なんで? 結婚ってそれでいいの?」と問い返すと、今度は「速攻だ!」と言うのである。


「(うわっ、やっぱキテんな……っても、え? 速攻っすか?!)」とだんだん楽しくなり、「〈速い〉に〈攻める〉の速攻のこと? そういうもの?」と訊くと、「人間、大差はない。悩んでいたらダメだ。考えずに動くべし」とヨーダのようなことを言ったのだ。その場は、もはや笑うしかなかった。


 つい先日、手元の『論語』(岩波文庫)をめくったら、「7時に起こしてください 仁士」と書かれたメモ紙が挟まっているのを見つけた。そのメモは、祖母に起こしてもらおうと枕元に置いた伝言だった。佐渡行に携えた『論語』にその紙片を挟んでおいたおかげで、二十年ほど前の祖母との会話を思い出せたのだ。

 紙の本には、造本や装幀、汚れや破れ、匂い、挟まれたレシートや紙片など、電子書籍では運べない感覚が詰まっている。挟まれた紙片のおかげで、その『論語』は、唯一無二の『論語』になった。

 『論語』に「五十にして天命を知る」とあるが、50歳になったわたしには天命など知る由もない。ただ、速攻ではなかったが祖母の存命中に結婚し、妻に会わせることができた。もちろん、誰でもいいやと結婚したわけではない。

【和泉仁士様プロフィール(紀伊國屋書店出版部)】

1997年に紀伊國屋書店入社、新宿本店とサンフランシスコ店での勤務を経て現職。担当は科学系の翻訳ものが多いです。週末のテニススクールでリフレッシュしています。


*編集長より:和泉様、素敵なエピソードありがとうございました。