「カズオ・イシグロを待ちながら」
長崎といえば早川書房を代表する作家カズオ・イシグロの生まれ故郷。新作が出るたびに、またノーベル文学賞の受賞時にも、メトロ書店さんや地元の自治体、メディアのみなさんからこちらがたじろぐぐらいの熱い反応を頂き、いつも恐縮しきりでした。15年ほどイシグロさんの編集担当をしていましたが、結局長崎にご挨拶にうかがう機会には恵まれず、ずっと心苦しく思っておりました。次作刊行時こそはイシグロさんをお連れして、私もちゃっかり初長崎を目指しています。
私の好きな落語家・瀧川鯉八さんの新作に「長崎」というネタがあります。落語は昔から語り継がれてきた古典と、現代に作られた新作に分けられます。鯉八さんは天才と評される気鋭の新作派で、その奇妙奇天烈な物語と独特のリズムに中毒になるマニアが続出しています。
この「長崎」も例に漏れずおかしな話なのですが、一方で見事な観光案内になっています。名曲「長崎は今日も雨だった」から始まって、グラバー園、思案橋、稲佐山などの名所、ちゃんぽん、ミルクセーキ、トルコライスといったご当地グルメ、さらには魅力的な純喫茶が次々と登場します。この話を繰り返し聞いたおかげで、私の脳内のまだ見ぬ長崎は美化され、もはや異国の桃源郷のようにさえ思えてきています。長崎への想いは募るばかり。
こうなれば、なんとしてもイシグロさんに新作を仕上げてもらうしかないのですが、残念ながら今のところよいニュースは聞こえてきません。英国から遠く離れた日本の編集者にできることといえばひたすら待つことだけ。ただ思いついたのです、鯉八さんの「長崎」を聞かせたらもしかしたらイシグロさんの里心に火がつかないかなと……。もしかしたら「長崎」が新作に影響を与えたりして……、などと妄想しながらただただ原稿を待っています。
【山口晶様プロフィール】
2003年早川書房入社。編集者としては主に海外文学、ノンフィクションを手掛ける。電子書籍/オーディオブック事業、早川書房公式グッズHAYAKAWA FACTORYのプロデュース、版権業務も行っている。
*編集長より
私たち長崎メトロ書店のメンバーもお客様もみな、カズオイシグロさんの新作を待ち望んでいます。その際はぜひカズオイシグロさんに来日いただき、サイン会をお願いしたいです。