長崎市 F様
 
 困ったものだ。毎月の岩波文庫の新刊全冊購入という長年の習慣のため、書棚にはかなりの本がある。定年後はこれを再読したり未読の本を読むだけで、定年ライフはOKと思っていた。事実それが現実となり、落ち着いた読書生活を楽しんできた。新しく買うのは話題作だけで、基本は岩波だから書物の選択もラクだ。
  ところが光文社が古典新訳シリーズを始めたことから波乱が来た。刊行される新訳本はほとんど岩波文庫で持っているから新訳が出ても買う必要はないと当初関心はなかった。ところが「翻訳ものは訳者次第」という趣旨の評論家の言を読んでから気になりだした。岩波文庫の翻訳には語感や言いまわしに若干古色があるという指摘がある。そういわれてみるとそうかなと思うが、むしろレトロな感じが楽しいこともある。しかし再読するなら新訳がいいかと迷い、困ったものを出してくれるものだと苦笑する。紙質、活字の大きさ、印刷の鮮明さでは新しいものが読みやすいが、同じ本を持っているのに新規投資はもったいない。
  一方、先は長くないのに本代くらいけちるな、という反省もして新訳を手にしてみる。読んでみるとなるほど読みやすい。しかし、じゃあ古い岩波ではどうなんだと気になり、棚から出して読んでみる。なんのことはない、同じ作品を訳者をかえて二度読むことになり、いくら定年とはいえ時間がもったいない。研究者ではないのだから、同じ作品を訳者をかえ比較して読む必要はない、とまた反省する。新約というのではなく、文字が小さくかすれたり頁が黄ばんだりの古い型の本は読みにくいから、できれば読みやすいもので読む贅沢は楽しみたい。
  それにしても昔の人は目がよかったのか、黄ばんだ紙に行間せまくぎっしりつまった小さな活字を、年配者も根気よく読んでいたのだ。後世、「平成の読書人は感心だった」と言われることがあるだろうか、と蝉の声を聴きながら考える。
 
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