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版元さんリレーエッセイ
●ブクブクコラムは今回お休みです
<家族と本シリーズ>2
 
<家族と本シリーズ>2
本紙編集長
祖母と本@
夏に体調を崩して入院していたときのこと。
隣室の患者とは顔を合わせたことはなかったが、高齢なのだろう、心拍数を計測する「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」という機械音がいつも聞こえていた。眠れない夜などはその音が耳障りで、私は病室内をイライラ歩き回ったりしていた。
とある日の深夜、いよいよ臨終の時が迫ったらしく、家族が集まってくる気配がする。はじめはひそひそ声で囁きあっていた家族たちもやがて、心拍音が「ピピーッ」と不規則なリズムを刻み始めると、思わず「お母さん!」「おばあちゃん!」という悲痛な呼び声が聞こえ始めた。
はじめは気になってしょうがなかった私も、やがて一時間も「お母さん!」「おばあちゃん!」が繰り返されると、「『お母さん』『おばあちゃん』以外に言うことはないのかね?」と不謹慎なことを考えるようになった。たまに、「お母さん、がんばって!」という声が聞こえると、「今さら、がんばれって言われても困るたい」とさえ思った。
やがて臨終を迎えたらしく、隣室が静かになった。病棟中の人が耳を澄ませていたのだろう、普段は真夜中に騒ぐ老人の声も、トイレの水を流す音すら聞こえない。誰もが自分のベッドの中で今夜の出来事をひそかに見守っている。
 
そんなとき、唐突に一つのことに思い当たった。
私の祖母は右肩の骨にできた癌のために他界したが、人一倍心配性だったため、私たち家族は祖母が「癌」に侵されていることをひた隠しに隠していた。ホスピスに転院したときも、医師の先生方にお願いして、自分がホスピスにいることがわからないようにして頂いた。ホスピス病棟の心やすらぐ内装を見ては、祖母は「ここの病院のカーテンはね、見て、ピンクの花柄なのよ」とか「お布団も素敵なカバーなのよ」など素直に喜んでいるようだった。
 
しかし、そんなことはすでにお見通しだったに違いない。肩が痛くてたまらなかった祖母に、私たちは関節が炎症を起こして腫れているとか、高齢だから治りが遅い、とか適当な嘘をついていたが、それが不治の病であることにはとうに気づいていたに違いない。最期のひとときを過ごす場所がホスピスであることも、ホスピスが概して心穏やかになれる内装であることも知っていたに違いない。
あれだけの読書家だったのだから、あれだけ毎日あらゆるジャンルの本を読みふけっていた物知りの祖母がそんな嘘に気づかなかったはずはない。 
祖母が他界して、一年余りが過ぎようとしていたそんな夜更けに、唐突にそんなことに思い当たって、私は涙が止まらなくなった。 

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