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ステンドグラス
 

2006年7月6日号・第146号 news@metrobooks.co.jp(←投稿はこちらへ)

絶対に映像化できないミステリは、「片想い」に似ている!
本店 東野慎一郎
今も昔も車を運転することができませんが、まだ免許すら持っていなかった学生時代。当時好きだった後輩女子が免許を取ったということで、僕のほうから「ドライブに連れてって」「いいですよ」ということで福岡から大分までドライブ。
いや〜、とても楽しかったですね。ただ、次の日に告白してふられましたが。自信があったわけではないですが、「昨日は相手も楽しそうだったのに。やっぱり、男が助手席で女が運転席じゃダメなのか?」と、煩悶し昨日と今日で自分の世界が「ガラッ」と音を立てて変わったあの日。まあ、今となればいい思い出で、街の中でワインカラーのダイハツのMOVEを見る度にあの時のことを懐かしく思います。

さて、そろそろ本のお話に。私たちは本を読んでいる間に自分なりの世界を思い描くものです。味気ない言い方をすれば、活字という情報を元に自分の想像力で登場人物や背景を構築するわけです。
もちろんミステリ小説においても、です。ただ、ミステリ作家はやはりクセ者で、中には活字にこっそりと爆弾をしかける人たちがいます。自分が思い描く世界の中で作者に導かれるままに物語がいよいよ最後を迎える……、と思いきや作者が仕掛けた爆弾が爆発し今まで描いてきた世界が音を立てて崩れさる、といったミステリがあるわけです。
早い話が「映像化=ネタバレ」なミステリです。では、そのような作品を紹介いたしましょう。

葉桜まずは、歌野晶午の『葉桜の君を想うということ』(文藝春秋)です。探偵・成瀬将虎が事件に巻き込まれていく、ハードボイルド・サスペンスです。スピード感ある物語の展開に引き込まれページをめくる手が止まりません。そのままスピードに乗って事件が終ると思いきや、最後の最後になって隠されていた真実を知った読者は衝撃を受けます。そして、最後の場面を読み終えたあとに題名を読み返すと感動がゆっくりと訪れるのです。この時の美しさ、決して映像では表現できません。

イニシエーション・ラブ次に紹介するのは、乾くるみの『イニシエーション・ラブ』(原書房)です。「愛のメモリー」「木綿のハンカチーフ」「ルビーの指輪」と、目次には80年代のラブソングの数々。僕(たっくん)は代打出場した合コンの席で彼女(マユ)と出会い、やがて夏休みやクリスマスをともに過ごします。そう、これは80年代の香りがするほろ苦くてくすぐったい恋愛小説なのです、最後の一歩手前までは。ラストで真相が明らかになった瞬間、読者の奇声をBGMとしながら本当の物語が浮かんできます。男が○○なのか、女が☆☆なのか、こちらも題名が最後に響く作品です。まあ、『葉桜〜』とは随分と音色が異なりますが。

この辺で一度回り道を。私が愛用している万年筆はパイロットのキャップレスです。文房具は常に便利さを求めるものであり、キャップの無いノック式の万年筆の開発に世界のメーカーが取り組みました。その開発競争で一番にゴールを切ったのが、日本のパイロットだったのです。社名の通り、世界で「水先案内人」となったわけです。ただ、キャップの無い万年筆は邪道だ、との声が強く簡単には普及しないようです。しかし、開拓者にはやはり「オンリーワン」な魅力があります。野茂英雄の活躍があったからこそ多くの大リーガーが誕生したのであり、小野真弓の笑顔が輝いていたから他の消費者金融会社もCMにアイドルを起用するようになったのです。

アクロイド殺しさて、軌道修正をいたしましょう。最後の最後に大どんでん返しが仕掛けられたミステリ小説はやはりたくさんあります。では、そのパイオニアは誰なのでしょうか? 『海外ミステリー事典』(新潮社)によると、スウェーデンの作家ドゥーセの『スミルノ博士の日記』が紹介されています。 ただ、この作品はたいして話題にはならなかったそうです。
そこで、世界的大反響を巻き起こした作品として代わりに紹介されているのが、ミステリの女王アガサ=クリスティーの『アクロイド殺し』です。なるほど。確かに、最後の場面で真犯人が明らかになったときは驚きのあまり本を落としそうになりましたよ、私は。この作品も映像化は無理だと言われていましたが、その声を押しのけ実現させた人がいます。(すみません、名前はわかりません)DVD化もされていたと思いますから、興味のある方はどうぞ。

ここ最近、『ダ・ヴィンチ・コード』を始め映像化された作品が目立ちます。もちろん、多くの方が小説を読まれることは喜ばしいことです。ただ、本が紹介されるきっかけが「映像化」ひとつに偏っているのは少し淋しいものです。
映像化には不向きでも素晴らしい作品はたくさんあります。むしろ、映像化できない作品に込められた作者の文章に対する過剰な愛を感じたとき、「やっぱり小説は最高だ」と私は思います。 この思いを皆さんにも感じて欲しくテーマと紹介する作品を決めました。普段ミステリを読まない人でも手に取りやすい作品ですので、ぜひご一読を。
自分が思い描いてきた世界が一瞬で崩れ、「なんでだ!」と声をあげてしまう読書体験をどうぞ。あれ、これは誰もが経験するであろう、俗に言う「片想い」と同じじゃないですか! しかも、結果がダメなやつ。同じ時間を過ごしても、自分と相手との温度差にはすごい開きがある。トルシエ・ジャパンとジーコ・ジャパンの結果みたく。

なるほど、映像化できないミステリには、読者と作者の間で「片想い」的な時間が流れるようです。まあ、最後で読者と作者は同じ真相を共有できますが。そこが、現実と違ってうまくいくようにできています。安心して下さい。
(本店 文芸書・ビジネス書担当)