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今月の特集へ 版元さんリレーエッセイ
ステンドグラス
メトロ書店専務 川崎紀子 
明日は我が身
 
 弊店読書アドザイバーSの薦めを受けて、「明日の記憶」という本を読み出した。
 光文社発行の雑誌「小説宝石」に2004年6月号から10月号に連載され、昨年10月25日に単行本として刊行された本である。作者は荻原浩。何気なく読み始めた私は、冒頭の個所で、まるで自分のことのような文章に出会った。
 主人公は広告代理店に勤めている49歳の部長だ。社内の会議でCMに起用したらどうかと思う俳優の名前が出て来ない。「誰だっけ、ほらあの人」姿かたちは脳裏に浮かぶのだが最初の一文字が出てこないのだ。「「キ」でもなく「ブ」だったかなどと思いわずらって、「あの豪華客船が沈む話」と言って「もしかしてレオナルド・デカプリオ?」と若い後輩たちの失笑を買う。若年性アルツハイマーを宣告される主人公の話である。
 これは自ら*「思い出倶楽部」を主宰している私ともう一人の正会員のA女史との会話に酷似しているではないか。先日も彼女は「ほら昔よく映画に出ていたぶさいくなイタリア人。この頃出ないよね。誰だったけ?」ときた。「え?イタリア人?そんなぶさいくな人いたかな」イタリア人俳優とくればあのハンサムなマルチェロ・マストロヤンニしか思い浮かばない。「マストロヤンニじゃないよね」「違う違う。あの人ハンサムじゃないの」その時、一人の俳優の顔が浮かんだ。「まさかジャン・ポール・ベルモントじゃないでしょうね」
その途端彼女はぷーっと吹き出した。「ハハハ、フランス人やった」
 こういう毎日を過ごしている私としては、読み進むほどに怖くなるこの本を果たして読み終えることができるのか少し不安である

*「思い出倶楽部」とは、固有名詞などが思い出せずに、「あれ」や「これ」などの代名詞だけで話を進めることのできる特異な能力の持ち主の集まりである。我も、と当てはまる方、会員募集中。


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