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このコーナーでは、お客様から寄せられた本に関するコラムをご紹介しています。
  長与町 エビカニクスでおどっちゃおう!様

 このほど論創社から『ブーヘンヴァルトのドーナル樽 ナチス親衛隊伍長と強制収容所』を上梓した新井田良子氏は、私の尊敬する友人である。六十歳を過ぎてから著作を始められた氏は、御年七〇歳を越えても益々意気盛んであり、今も新作に取り組んでおられる。外国語の文献を含む膨大な資料と向き合い、物語を構成していくそのエネルギーには圧倒される。上記の作品も、現地取材に裏付けられた確かな描写が冴える、読み応えのある作品となっている。
 
 氏と直接お会いしてお話ししているときに、氏の父君が旧制中学校の国語の教師であり、当時の教え子に詩人の吉野弘氏がいたこと、更には吉野氏が文学を志したのは、その父君の影響であったということをお聞きした。高校の国語教師という商売柄興味を引かれた私は、氏にお願いをして、その当時のことを吉野弘氏が語った文章のコピーを送って頂いた。その一部をここに紹介したい。
 
 「その先生から、「太平記」巻二の「俊基朝臣再び関東下向の事」の段を教わったことがある。(中略)今度はもう助からないと知っている俊基が護送の道中、それまで住みなれた京都を回想するところが道行きの名文<落花の雪に踏み迷ふ片野の春の桜狩り、紅葉の錦を着て帰る嵐の山の秋の暮>である。ところが、この文章の少しあと<わが故郷の妻子をば行方も知らず思ひおき、年久しくも住みなれし>のあたりを解説していた先生のお声が、ちょっとうるみ始めたのである。顔を上げて先生を見ると、泣いていらっしゃるのだった。気付いた生徒たちは一瞬、息を呑んだ。ああ、先生が泣いていらっしゃる! 私はその時、文学は読んで泣いてもいいものだと知ったのである。私が後年、詩などというものを書くようになったことと、この時の感動は、どこかで結びついているような気がしてならない。」(週刊文春 '94・8・11/18 夏の特大号 より。青土社刊『酔生夢詩』所収
 
 新井田氏によれば、これはその直前にお亡くなりになった奥様(氏の母君)への思いが急に募ったための落涙であったろう、とのこと。いずれにせよ、教師が生徒に与えるインパクトの大きさを改めて教えてくれるエピソードである。
 
 鶴見俊輔編『本と私』(岩波新書)の中にも、「先生が泣いた」という、これは私と同年代の方の、とても素敵な文章が収められている。
 
 さて私も、実は生徒の前での落涙の経験がある。数年前、当時高1を担当していた私は、冬休みの補習授業を6時間持つこととなった。そこで以前からやってみたかった「読み聞かせ」をすることにしたのである。作品は、木村裕一作、あべ弘士絵「あらしのよるに」シリーズ全7作(講談社)。漢文のモーレツ講義と鬼の演習をやった後、残りの10分ちょっとの時間で、1日1冊ずつ読んでいった。初めは「何が始まるんだろう」といぶかしげな表情をしていた生徒達だが、すぐに物語の世界へと引き込まれていった。このシリーズには読者をぐいぐいと引きつける力があるのだ。子供向けの作品だが、大人が読んでも十分に楽しめる。 生徒達はこれを楽しみにしてくれていたらしく、風邪で熱があるにもかかわらず、物語の続きを聞くために休まなかった生徒もいた。そしていよいよ最終日、私は『ふぶきのあした』の結末部分を読んでいて、不覚にも落涙してしまったのだ。かなり恥ずかしかったが、泣いてしまったものは仕様がないと開き直った。
 
 年が明けての年賀状にはオオカミとヤギのイラストを描いてくれた生徒が何人もいたし、「本を買いました」という保護者の方々からの声もお聞きした。格調高い「太平記」とは比ぶべくもないが、私の涙も、まあ、少しはインパクトがあったのかも知れない。


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