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版元さんリレーエッセイ メトロ川柳 編集長の読書日記
 その17 文藝春秋 営業部 山本喜由様 
 

 
四月十日

 仕事柄、サイン会・講演会等で執筆者のお供をすることが時折あるが、先日、東京で黒鉄ヒロシ氏に数日同行した。『清水の次郎長』発刊記念サイン会で、渋谷で仕事を終えたのが午後三時頃だった。「冷えたビールでも」との氏のご提案に、編集者と三名ホテルのラウンジで喉を潤した。吉行淳之介・松本清張・阿佐田哲也・森繁久弥・井上陽水…、作家から芸能人まで綺羅星の如く現れる登場人物のエピソードは、瞠目・驚嘆・爆笑、いつのまにか窓外の庭園には街灯がともり始めていた。
 「阿佐田さんと通った焼き鳥屋に河岸を変えよう」と黒鉄氏。学生時代、阿佐田氏の代表作『麻雀放浪記』を徹夜で読み耽ったことを思い出し、不覚にもあの角川文庫の装丁が黒鉄氏であったことに気づいた。この本を私に薦めた同郷の友人は、麻雀に明け暮れ、大学に七年在籍した末に退学、やがて行方知れずになった。それから十年、彼に再会したのは斎場であった。死因は肝不全・享年三十七歳、放蕩の末の夭折だった。昭和五十年代、阿佐田哲也は私たちの教祖だった。
 『鳥長』は白木のカウンターだけの小体な店構えで、「阿佐田さんはいつも雉丼で締めていた」という。「阿佐田先生が亡くなったのはいつ頃でしたか?」と問うた。「平成元年、四月十日、どんなに酔っても命日だけは忘れない」あっ!と息を呑んだ。
 「今日は四月十日ですよ!」黒鉄氏は絶句した。水割りを飲み干し、「阿佐田さんが呼んだか…」とボソリ。仄暗いカウンターの隅に腰掛ける無頼派と呼ばれた作家を見たような気がした。
 『清水の次郎長』は日本人の記憶から急速に消えつつある博徒の生涯を三年の歳月をかけ、描き上げた大作である。幕末、底知れぬ闇を抱いて命のやりとりをする無頼たちに、深い哀しみといとしさを感じるのは私だけであろうか…。


    編集部より:山本様、ありがとうございました。
           来月は、M社M様の予定です。お楽しみに。

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