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編集後記 編集長の読書日記

メトロ書店会長・川崎清がちょっとひと言…
第2次世界大戦と私(5)
  
翌朝、この旅行の最後のコース北京〜上海までの鉄道に乗車した。特別に仕立てられた三輪編成の蒸気列車である。ところが、その列車が除州駅郊外に差しかかったとき、突然航空機が来襲して来た。幸いに損傷は大したことなく自力でその後の運行をつづけることができた。
 
 上海では中支那派遣軍司令官濱口氏の説明をきき、容易ならぬ戦況をひしひしと感じた。ガソリンの不足は徹底的で、僅か残っている航空機の活動もままならぬという状況であった。しかし上海も治安は確保されている。とても戦時中とは思えぬ賑わいである。街を歩くと乞食がそこにもここにもいる。地べたに座りこんで前に箱をおいて、道行く人にお金をせびっている。その乞食の前の箱をみると、五千ドル紙幣が無造作に放りこまれている。遥々日本からやって来た僕の全財産は三千ドルにも満たない。どうも世の中が変だ。上海でもこの三千ドルしか持たない僕達は軍の接待で豪華料理を満喫した。夜は七階建てのビルに三人で宿泊することになった。停電が多いのでエレベーターは殆ど使えない。水洗便所も使うタイミングがむずかしい。
 
 一泊で帰路につく予定の所、重大異変がおきた。敵の艦載機が東支那海に出没して大変なことになった。僕達を招待してくれた参謀達は、僕たちを放ったらかしにして帰国してしまった。君達には民間機を予約してあるからそれで帰るように、という伝言であった。
 
 艦載機が飛び交うとなればそう簡単に民間機がとべる筈もない。結局僕たちはエレベーターもない七階で五日間無為に過ごすこととなった。
 
 上海に派遣されていた先輩が、おまえは競馬がすきだから俺が案内してやろうということになった。ところが、その日競馬がなかったのでハイアライという競技を見にゆくことになった。何でもテニスの様なもので壁に向かって打ったり受けたりする。見物人は案内人に委託して券を買う。当たると配当をもって来てくれるからそのうちから適当にチップを払う。ウイスキーを呑みながらの観戦仲々好いものだ。大当たりもない代わり、大きな負けもなく、ほどほどのところで場外に出た。もう夜の七時を回っている。
 
 人通りもすっかり途絶えたビルの街角に一軒開いていた喫茶店があった。ロシア人の母娘の店だった。大都会の夜更けのレコードの音調に僕たちはすっかりエキゾチックな気持ちになった。上海で単身赴任している先輩の心況も察するに余りある。翌日、浜野さんに報告をしたら「お前達危なかったな、まあ、無事でよかった。」
 
 ようやく航空機の予約がとれて雁の巣空港に飛んだ。その次からアメリカの本土攻撃が厳しくなって、三月十日に東京大空襲となった。
 この旅行は3泊の予定が10泊になってしまった。上海の帰りにその頃貴重品の白砂糖をふんだんに買って郷里の母親をよろこばせた。それがこの旅行のせめてものなぐさめだった。

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