「女に向かない商売」5ページ目

私はわかった、というように頷いた。「で、オレじゃないと知りながらアリバイを
聞きたいと」

「そう。疑ってかかるのが捜査の基本なんだよ。顔見知りでもね。ま、因果な商売だ
と思ってはいるが」と健サンが答えた。申し訳なさそうな顔はしていない。

「さて、と」と私が言った。「こちらの番か」私は健サンの前からカンピーを移動さ
せ、一本をつまみあげた。ジッポで火を点けるときわざと少々震えて見せる。

「一昨日はこの店にいた。午後十時頃までかな。ここまでは客がいたので証明できる
だろう。客は店の常連で銭湯帰りにビールを飲みに来るオバサン二人組、自動販売機
で買えばいいのに寄ってくれる。片方のオバサンの電話番号は分かるがこの時間に起
こさないで欲しい。明日か明後日にここに来れば会える」

「念のため電話番号を」と相棒がいい、新品の手帳を懐から取り出した。

「いい」と健サンが相棒を制し「そのあとを」と促す。私はオバサン二人組と健サン
が出会っていたかな、と思った。

「店を閉めてからコンビニで弁当を買って家に戻った。コンビニに焼肉弁当と牛乳と
いうレジ記録があるだろう。時間も打ち込まれていると思う。家でこれを平らげネコ
と遊んでからシャワーを浴びて蒲団に入った。これが十二時前と思う。連れ合いのミ
セス真青はもう寝ていた。亭主の帰りを待つということを知らないのだ。さてそのあ
とはアリバイがない。見た夢はアリバイにはならないだろ?」私は両切り煙草をもみ
消した。五十本いりのカンピーだが煙草の味がするのは最初の数本だけだ。そのうち
湿気を含んで味が変る。相棒が今度はメモした。

「鍵を借りたとき、ミセス真青もほぼ同じようなことを言っていたよ」健サンが言っ
た。「女は寝ているように見えても起きているもんだ。そこが化け物たるゆえん」
「ところで」と健サンの相棒が言った。「私のカミサンがこんな店がしたいというん
ですがネ」彼は向かいの飾り棚に視線を走らせ、私に戻して続けた。「どのくらいあ
れば店が出せます?」

「やめといたほがいい」私は言下に答えた。「江戸時代の目明しが女房に小料理屋を
開かせるのとはワケが違う。おまけに喫茶店は以前ほど儲からない」

「やめといたほうがいい」健サンの出だしは同じだった。「お前のカミさんの実家が
金持ちなのは知っている。でも綺麗な商売ほど儲からない」

 私と健サンは顔を見合わせ意見を大筋で同意した。

 私がこの店を手に入れたのは、以前の経営者がミセス真青の友人だったからだ。そ
の経営者は婦人病を患い、手術後に経営を断念し店を売りに出した。しかし、買い手、
借り手が見つからず廃業しようとしていた矢先、ミセス真青と病院で出会い話がまと
まった。敷金とか権利金なし。15坪の店を居抜きで借り、こちらが労力を提供。経
費を除いた純益を折半する、というのが合意の中身だ。営業許可証はそのままである。

(大丈夫、ミステリファンがたくさんいるから。溜まり場が欲しかったのよ)経営を
危ぶんだ私にミセス真青はそう答えた。聞けばミステリファンだけのクラブもあると
いい、その後 ミステリ愛読者仲間の会合場所に使われるようになった。しかし こ
のクラブ、女性が圧倒的に多く、特に中年女性がコロシだとか、凶器がどうした、と
か、口角アワを飛ばし論じているのを見て、私は連れ合いの亭主は長いことないな、
と思ったものだ。現に店のことを手伝っているアッシュ嬢もミセス真青の仲間だが、
まだ若く独身である。

 新装開店当時はミセス真青も一生懸命、馴れない仕事に精出した。そのうちヒマな
仲間をボランティア活動させ自分は店番しながら編物をするようになった。

 ミセス真青は、最初から店名を(探偵事務所)に決めていたらしい。というのも、
私が探偵だからということでもなく、単に店名として使いたかったようだ。ミステリ
ファンもここまでくれば立派なものである。

 ところがシャレの通じないのが浮世の常である。本物の依頼者が現われたのだ。 
娘につきまとう男を突き止めて、という心配げな初老の女性が依頼人であった。私は
一週間ほどストーカーのストーカーをして報告書をパソコンで仕上げ、依頼人と共に
市警に出向いた。そこで知りあったのが健サンである。その後、健サンは店に顔を出
すようになり、ドサ健と陰口を囁かれながら、砂糖たっぷりのコーヒーを飲むように
なった。

 今夜の健サンは相棒と一緒ということもあってかコワモテである。私が彼の相棒に
店の由来を話し終わるまで私を見つめていた。

「で、」と健サンは私から目を離さないで言った。「風紀課のデカの女房が喫茶店を
していたら、そのデカは出世しない」そう言うと、分かったろう、というように頷い
た。相棒は私を見て片方の眉を吊り上げて見せた。アラン・ドロンみたいに。

「さっき連れが話したとおり窃盗目的の犯人は午前三時ごろ、帝都書店に侵入してい
る」健サンは話を元に戻した。「こんな時間にアリバイがある奴はいない」

「夫婦の証言なんてアテにならない、だろ?」私が言った。「でも、寝ていたとしか
言いようがない。事実、寝ていたのだから」

「今夜はそうしとこう」健サンが言った。信じていない目をしている。

「で、ファンクラブ全員を洗っているわけ?」私が聞いた。「何人いるか知らないが、
そのなかに犯人がいるとは思えないが」

「なんとも言えない。そう思っても調べるのが仕事なんだ」健サンが答えた。

「アリバイのある奴のほうが怪しいな」私は言った。「普通の人なら、ない」

「でしょうネ」相棒が相槌を打った。健サンがまた相棒をジロリと見た。相棒は肩を
すくめて見せた。当世風のデカを気取ると出世しない、と言おうとしたが思い留まっ
た。

「向かい側のマンションだが、人影がちょろちょろしている。知り合いかな?」健サ
ンがさりげなく聞いた。薄々は知っているクセに。

「同業者だよ。探偵じゃないほうの」私は繁華街で(ビーンズ)という喫茶店を営む
美人ママとは教えなかった。

 十五分後に健サンと相棒が帰った。健サンは私のタバコを耳にはさみ、相棒はピエ
ール・カルダンの雨傘を持って・・・・・。傘立ての傘は相棒のだった。

(アリバイ探しか)私はセロニアス・モンクのレコードを聞きながらカップを洗った。
モンクの演奏はソロピアノが最高だ。特に雨の日は。

(ビーンズ)ママの部屋は真っ暗だった。でも、美人の部屋の暗闇なら許してあげよ
う。


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