「女に向かない商売」4ページ目


相棒は待っていましたとばかりに立ち上がり、コーヒーカップを持ってカウンター
に来た。そして健サンから椅子一つ空け腰を下ろすと話し出した。

「繁華街にある帝都書店に一昨日の夜、といっても明け方に近い午前三時ごろ泥棒が
入りました。帝都書店はご存知でしょう?閉店後なので二つあるレジはほぼからっぽ。
翌日の両替金は何気ないところに置いてあったので盗られていません。あと盗まれた
ものといえば本ですが、あれだけ本があればチェックするにも時間がかかります。い
ま調べているところです。犯人の侵入路は隣家との僅かな隙間からで、ここから二階
のレストランに上がる階段下の従業員休憩室の窓を開けて店内に入りました。窓には
鍵がかかるようになっていましたが、施錠されていませんでした」相棒はここまでい
うと健サンの顔を窺った。健サンはピーカンからまたタバコを摘まみ出した。

「ここまでで一つ聞きたい」私が相棒の青年を見た。まだ産毛が残っていそうな色白、
端正な顔立ちで刑事にはもったいない。昼間店に来たら常連のオバサン達にムシられ
るだろう。「新聞には出ていなかったと思うが」と私は相棒に聞いた。

「サツまわりの記者には公表しました。が、記事になるほど世間は平和じゃない。最
近紙面もビジュアル優先とかで盗まれたものが本とすると記事はボツでしょう。毎朝
新聞の女性記者が丹念にメモしていましたけど、紙面には載らなかったと思います」
相棒が答えた。

 私はドキリとした。毎朝新聞のサツ回り記者で女性というと知り合いだ。通称(笑
う警察官)ことリカ嬢(と思っていたら結婚していた)ではないか。私はなに食わぬ
顔で相棒に言った。「分かりました、続けて下さい」

 相棒はコーヒーカップから残りを啜りこむと健サンを見てから続けた。
「休憩室のそとで足跡を採取しました。が犯人のものと特定できません。ナイキのス
ニーカーでサイズは27、わりと大男と思われます」相棒は私にサイズを問いかける
目をした。

「25・5」私は答えてあげた。相棒は安心したように先に進んだ。

「ご存知のように帝都書店には万引き防止用の閉回路テレビがあります。勿論ビデオ
に映像が収録されていますが、閉店と同時に止められます。しかし我々は犯人が下見
にきている、との考えからここ一週間分のビデオテープをお借りし、再生検分中です。
営業時間がほぼ十時間、これの七日分ですから」

「指紋はたくさんあった。商売ものの本まで調べれば年が明けてしまう。主に侵入経
路を中心に採取して照合しているが」健サンはあてにしてなさそうに言った。今度は
相棒がジロリと健サンを見た。

「それに今まで見たビデオテープのなかに万引きが三件あった」健サンは憮然とした
声になって言った。彼の所属は風紀課なのだ。それで分かった。健サンが窯場に来な
かったワケが。荒れた画像を睨んでいたのだ。

 いいですか、というように相棒が健サンを見やり続けた。「奥のレジの後ろにパソ
コンがあります。これは在庫本の検索用ですが、ほかに顧客やファンクラブのデータ
が入っています。このデータがどうも盗まれたらしい、と今日になってから届け出が
ありました。個人情報なども入っていたのでカウントをチェックしていたのです。そ
れが一回増えていたので担当の女の子が届け出たのです。世の中には律儀な従業員も
いるもんですね」

 同意を求められたので私は頷いた。ついでに残りのコーヒーを飲み込む。(たしか
俺もファンクラブに入っていたぞ)

「そこでデータを見せて頂きました、立会いの上で、です。あなたのお名前もありま
した」と相棒は私の腹を見透かすように言った。私はまた頷いた。ファンクラブは犯
罪団体じゃない。

「パソコン周辺から従業員以外の指紋は検出されませんでした。また、データからも
不審な点は見つかっていません。しかし、仮にデータをフロッピーに落とし売りさば
くか、あるいは悪用するなら今後になにかが起こると考えられます」

「当節、この種の情報売買が流行っている」健サンが口をはさんだ。私は健サンに目
をやると、

「・・・・らしい」と彼はつけ加えた。彼がキーボードを叩く姿は想像しにくい。

「店内に侵入警報装置はついていませんでした。こんなところが今回の事件のあらま
しです。私達は手分けしてファンクラブの会員を洗っています。大勢いる会員のアリ
バイを確かめたいのです。お分かり頂けましたか?」

「分かった」と私は答えた。「ファンクラブの会員に犯人がいるとも思えないが。し
かし、かもしれないという足跡を残し、指紋は残さないとなるとこりゃアマチュアじ
ゃない」

 いままでにも深夜の繁華街で空き巣が何件かあった。思いもよらないところから誰
も居ない深夜の店舗に侵入し、金や商品、とくに貴金属が盗まれる事件を耳にしてい
る。

「参考までに・・・・」と健サンが言った。「帝都書店が入っているビルは五階建て
だ。一階が帝都書店、二階は大正屋というレストラン、三階は大正屋がやっているス
テーキハウスで四階は事務室と倉庫、五階にはビルの持ち主が住んでいる。今までに
事務所とステーキハウス、レストランが泥棒に入られたことはあるが、帝都書店は始
めてだ」


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