「女に向かない商売」3ページ目

長崎市内最大の繁華街浜町から2`ほど離れたS町は、鍵屋というデパートを中心
に商店街がある。周辺は住宅地が密集しており、ゆえに昼間の人出が多く賑わうが、
夜は閑散としている。午後九時前後まで喫茶店、午後十一時には焼き鳥屋、寿司屋が
閉まり、橋の袂にある屋台のラーメン屋だけが、雨でも赤い提灯を下げて営業してい
た。
 
 私はこのラーメン屋でおにぎりとラーメン、おでんの大根に常温の酒という夜食を
胃袋に納め、原付自転車を押しながら商店街に入って行った。
 
 日付はもう翌日に入っている。夜遊び好きのノラネコも寝込んでいる時間だ。商店
街の中ほどにある外資系の若者飲食店、スモール・マック前の立ち木に愛車を繋ぎ、
チェーンでロックしてから、閉店しているこの店の横にある階段を登った。二階が私
の事務所で、ドアのすりガラスに小さく(純喫茶)、大きく(探偵事務所)と日本語
の銀文字がはいっている。ここが私の根城だ。 しかし、この時間なら当然 閉店し
ている。ミステリ好きのミセス真青も、その友人であり向かいのマンションに住む謎
のシンガー・ハレスキー女史も、また、店のことをこまめに片付けるアッシュ嬢も、
大いなる眠りに入っているころだ。
 
 私はドアの前でカッパを脱ぎ、合鍵で店に入った。するとタバコの煙が鼻に来た。
誰かがいる。足元の傘立てに目をやる。突っ込んであるドライバーは万一用だが、も
う一本傘がある。

 「お帰り」とシワがれた声がした。商店街の街灯の照り返しが店内にあり、カウンタ
ーに座っている人影を浮き上がらせている。「勝手に入っていた。待っていれば、と
言ってくれた女性がいてね。鍵はその女性から借りた」声が続いた。健サンの声だ。
 
 私は手にしたカッパを帽子掛けに吊るすとカウンターの内側に入った。換気扇のス
イッチを入れる。ついでに店内の明かりも点けた。
 
 キザにソフトをかむり、ワード・ボンドを気取った健サンのほかにもう一人の男が
いた。外の明かりが届かない隅のテーブルに座っている。
タバコは健サンで灰皿に八っのフィルターと、ショートホープの空き箱がねじれてお
り、二人ともイヤホンを片方の耳に押し込んでいる。

「コーヒーでも飲むかな」私は健サンからもう一人の男に目線を流した。

「勤務中だから」健サンが即座に答えた。

「いただきましょう」もう一人の男が返事した。健サンは男をジロリと見てから「お
れも」と変更した。いま勤務が明けたような顔になる。

「あ、おれは市警の刑事だ。むこうにいるのは相棒」健サンは上着の内ポケットから
ショたれた黒皮の手帳を出し、私に示した。よくこの店に顔を出すくせに今夜は白々
しい。彼は公的訪問だと言わんばかりに警察手帳を出したが、噂通り手帳を洗濯機で
回したらしく、金文字が消えている。が、手順通りにコトを運びたいらしい。私はハ
メットの小説、マルタの鷹でのスペード探偵の気分になった。だが、スペードはデカ
にコーヒーでもてなさない。

「で?」と私。「勤務外にお二人がガン首そろえてなんの用かな?」

「アリバイを聞きたくてネ」と健サン。「顔見知りだから穏やかに訪れたってワケ」

「深夜にかい?穏やかに?」私が言った。「不法侵入だぜ」

「鍵を借りてきた。スジは通してある」健サンはカウンターに置かれた鍵を私のほう
に押した。

 私は後ろの飾り棚からピーカンをとり、一本つまみあげた。ケネディのジッポで火
を点ける。

沸騰したサイフォンのランプを消すとコーヒーカップを三個取り出した。

「アリバイとはネ。俺がなんかしたとでも?」私が健サンに聞いた。

「したかしないかはオレが判断するんだ」健サンはタバコをもう一本吸おうかどうか
迷っている。ポケットを探る仕草がワザとらしい。私はピーカンを彼の前に置いた。
当然のような顔で彼は一本引き抜き、カウンターで一方を軽く叩く。.両切りタバコを
こうするのは古いタイプの人間だ。

 私はコーヒーをカップに入れ、健サンのために砂糖とミルクを添えて前に置いた。

「私はブラックで」と相棒の声。健サンがまた相棒を睨む。私は自分用のカップに残
りのコーヒーを入れると、カウンター内側から出て健サンの隣りに腰掛けた。

「アリバイねえ、いつの?」私は熱いコーヒーを一口啜ると聞いた。

 健サンは砂糖を四杯にフレッシュミルクを入れ、溢れそうになったコーヒーをスプ
ーンでかき混ぜた。彼は酒飲みの甘党なのだ。

「おいしいコーヒーです」テーブルから相棒の声がした。

「自分で焙煎してるんだ。あの焼き場で」健サンは皮肉を込めたらしいが嫌味に聞え
た。「旨い筈だぜ」

「窯場といって欲しい」私は苦笑いしながら言った。
と、健サンが直球で本題に入ってきた。「昨日の晩はどこにいた?」

「正確には」と相棒が腕時計に目を走らせ、「一昨日の晩です」と補う。健サンがま
た相棒を一瞥した。なにか言うかと思ったがいわない。

 私は健サンの顔を見ながらボギー風に答えた。「そんな遠い昔のことなんて思い出
せない」

「その科白は聞き飽きた。前世紀では名科白だったが・・・・」健サンが感慨深げに
言った。「だが、遊びじゃないんだ」

「まさか興味本位でもないでしょ?だけどアリバイを聞きたいというのは穏やかじゃ
ない。なにかのヤマがあって俺が容疑者だというわけなんだね。一昨日のアリバイは
どこかに仕舞ってある。探し出して話してもいい。だが、話すかわりにワケを教えな
いか?」私は健サンに持ちかけた。窯場の主が探偵に戻ったのだ。.力になろうじゃな
いの。これが民主的、ギブ・アンド・テイクってもんだ。だが、健サンは黙り込んで
私を睨んでいる。民主的にはほど遠い目で。

「デカ長、話しても差し支えないと判断しますが」たまりかねた相棒がテーブルから
健サンに助言した。

「う〜」健サンは唸りながら相棒を睨んだ。「おまえの責任はイコール・オレの責任
でもある」と銭形警部のようなことをいう。

「俺の話が先か、そちらが先かだよ。でも夜中に勝手に入り込み容疑者のコーヒーを
飲み、アリバイを聞かせろ、はないだろう。スジとしてはお先にどうぞ、だと思うね」私は
健サンに言った。健サンは私を見つめてからもう一度唸り、相棒のほうに身体を向け
て面倒臭そうに言った。

「話してやれ」


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