「女に向かない商売」2ページ目



出だしはいつも雨だ。
ヒギンズ先生やマクベイン御大から文句が出そうだが、降って来たんだからしょうが
ない、そのまま書く。この先達と違うところは雨は日本産であり、季節は初秋。
私が降り込められている場所は山の中で、時間は深夜プラス・ワンだという点だ。
なんで山の中か、というと、人里離れた山中に焼き物の窯を持っているからだ。
カマといっても人間が最後にご厄介になる市営のカマではない。
 
 窯があるくらいだから焼き物も作っている。一時期、焼き物に興味を持ち、いずれ
は窯元を目指し手捻りの器などを作っていたがとても商売にならない。最近は材料の
原価が下がることを知らないのだ。アマチュアからプロへの入口で挫折し、今では趣
味の域で立ち往生している。窯の維持は、好き者のお母さん達に窯場を賃貸したり、
請負で小動物の死体を焼く。だが後者は同じ窯ではない。窯から少し離れた場所に、
耐火煉瓦で自作した小さな焼却炉がある。ここで小動物を天国に導くのだ。困ったの
は焼却時に出る匂いだが、焼肉屋の排煙装置にヒントを得て開発したシロモノで解決
した。この消臭装置導入には金がかかったが、ほぼ完全にあの匂いを消している。さ
らに窯を稼動させるとき、コーヒー豆の焙煎もする。こちらは自家消費用で焙煎器も
ある。ところで小動物を焼く匂いは消えたが、装置導入の支払いは消えていない。
 
 今夜も一匹の溺愛されていた小動物を骨にした。この処理に関する許可はとってい
ない。許可をとり宣伝して焼くほどのビジネスではないが、このての業者にペットの
処理を委託すると結構な金がかかる。また、愛猫、愛犬の遺体を渡し、戻ってくる遺
骨が本当に「タマ」か「ポチ」のもの?という疑問のある方が私のお客様なのだ。信
用が第一なので最初のころは立ち合わせていた。そのうち動物病院に働く女性が窓口
になり、若干の必要経費が出るものの立会人と営業活動をしなくて済むようになった。
この病院はブランド品の愛玩動物専門で、その道では結構、名が通っている。従って
家族同様か,或いはそれ以上に可愛がっていた愛犬、愛猫などが亡くなったとき、ダ
ンボールに入れ市役所清掃課に電話するようなことはしない。それなりの処置を病院
に申し出る。で、私のところに声がかかり出番となるのだ。
 
 だが、私が持っている二つの窯が毎日稼動しているわけじゃない。だからアルバイ
トもしている。かくれ探偵である。
 
 探偵というと事務所を構え、ロードスターを乗り回し、少々ばかりオツムの甘い美
人秘書を、より美しく保存させる費用を得るため、殴られたり、危ない橋を渡る稼業
と思われている。
 
 私には事務所も車、美人秘書もいなかった。過去完了の時代もあったということだ。
が、いまでは事務所みたいなところがある。残りの二つがないのは、(努力がタラな
いからヨ、)と連れ合いのミセス真青はいう。でも三方を山で囲まれた長崎という町
では、アシは路面電車かママチャリで充分なのだし、遠出のときは原付自転車がある。
車が必要になる「佐久間さん」のような仕事は来ない。美人秘書はいまや高嶺の花か
願望でしかない。コネなし、許可証不用で始めたかくれ探偵業の内容は、[行方不明・
殺人事件調査・追跡](通称・MMC)が主業務だが、デカいヤマは市警、県警の仕事だ
し、浮気調査などは大手が最新メカを投入して開業している。私の所で扱うのは素行
調査から下、行方不明になったり捕獲された愛犬、愛猫の追跡や貰い下げまでだ。ま
ア長崎という町は平和ということだろう。真夜中過ぎに山中に私がいるって事も平和
の証かも知れない。
 
 降りだした雨は窯場のトタン屋根で不規則な音を立てている。私はこの雨音を聞い
てセロニアス・モンクが聞きたくなった。

(平和・・・か・・・・・)と窯場を離れ、小雨のなかを歩き出した私は、彼が居な
いのに気が付いた。彼とはとても刑事に見えない刑事である。健サンと事務所では呼
ぶが陰ではドサ健で通る。市警のれっきとした公務員なのだ。
 
 彼は私が窯場に来ると必ずどこかに居る。最初の出会いは木立の中にいたのだが、
強い雨(あの日も雨だった)に耐えられなくなって小屋に駆け込んで来た。(散歩し
ていたら降られて、)と言い訳したのを思い出す。こんなところを意味ありげに散歩
するのはデカぐらいなもんだ。  窯場は市街地から遠く、あたりの斜面は雑木林、
いちばん近い蜜柑畑まで徒歩二十分、人家までとなると三十分はかかる。天気の良い
昼間には、彼方に大村湾が見える(風光明媚、別荘に最適)という山の中腹にあるの
だ。
 
 ここを手に入れたのはタナボタであった。遠縁の老婆が固定資産税を滞納したまま
亡くなり、兄弟縁者が鳩首協議の結果、分割相続で私の名前まで上がった。税金対策である。
しかし滞納分は大目に見てもらえず、山は物納となったが、分与ランキング最下位の私
の土地だけが残された。余ったのか約束の地でなかったのか。私はキュウキュウいい
ながらタナボタの地の固定資産税を払ってきた。私としては売りたいのだが、見に来
た不動産屋は二度と連絡して来ない。ミセス真青も一度見に来て、とても売れないと
判断したらしく、その後はなにも言わなくなった。

(老後の隠居場にいいわネ)というのが、彼女が言った最後の言葉だが、楢山節考を
思い浮べたのなら、おんぶして行ってやろう、と思っている。

 私は毎日 窯場に来るわけではないが、誰かが来たという痕跡を何回か見てきた。
別にフォート・ノックスほど堅固な防御がない、というより立入自由の窯場である。
小屋にも盗られて困るようなものがないから鍵をかけていなかったが、あるとき女性
の下着が置いてあった。小屋には試着室があるわけじゃない。戦後の処理品であった。
それ以来、南京錠をこれみよがしにくっつけた。合鍵は私と焼き物愛好会のオバサン
が持っている。

(なんで健サンがいないのだ?)

 私は彼の気配がしないのを訝った。いるはずのヤツがいないと淋しくもある。降り
だした雨で、去り行く夏という季節を惜しむ虫の声もなぜか侘しい。虫もヤツがいな
いと寂しいらしい。

 最近では余り気にしなくなったが、なぜ、彼が私に張り付いているのかを真剣に考
えたことがある。そして思い当たることが一つあった。あるスジから頼まれたモノを
焼いているからだ。

(まさかねエ)私は風紀課勤務のデカが、私の焼くものに興味があるとは思わなかっ
た。

 そのくらいの心当たりしかないのだが、それでも健サンは私の行動に興味があるら
しい。

 夜更けに山を下るとき、かすかにタバコの匂いが残っていたり、耳から外していた受
令機からかすかな声が流れ出ていたりした。張り込みでタバコを吸うなんて論外だが、
吸いたければ風向きに気を使いたいし、受令機を外すなんて職務違反だろう。
 
 私は次第に大粒に変りはじめた雨を気にしながら小道を下った。原付自転車が置い
てあるのは農道から少し入った雑木林のなかである。たどり着くと原付自転車の物入
れから、百均で買ったビニール製のカッパを取り出して着込んだ。カーゴパンツに入
れてある小さな骨壷から、暖かさが消えて行く。これを届けると私の今日が終わる、
はずである。が、届けても終わらなかった。


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